東京地方裁判所 昭和61年(ヨ)2299号 決定 1986年8月07日
債権者
錦織久夫
右訴訟代理人弁護士
久保田昭夫
同
有正二朗
同
大熊政一
同
村井勝美
債務者
雪印乳業労働組合
右代表者中央執行委員長
山田詔
右訴訟代理人弁護士
鈴木武史
主文
一 債権者が、債務者において昭和六一年七月四日に告示した債務者の第三〇代中央執行委員選挙の立候補者の地位にあることを仮に定める。
二 申請費用は債務者の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
主文と同旨
二 申請の趣旨に対する答弁
1 本件申請を却下する。
2 申請費用は債権者の負担とする。
第二当事者の主張
一 申請の理由
1 債務者は、雪印乳業株式会社の従業員で組織する労働組合である。
2 債権者は、昭和三七年に債務者に加入した債務者の組合員である。
3 債務者の組合規約四七条は、役員の選出につき別紙のとおり定め、同条二項の委任を受けた選挙規則は、その四条ないし六条において、それぞれ選挙人、被選挙人及び立候補者につき別紙のとおり定めている。
4 債務者は、昭和六一年七月四日、第三〇代中央執行委員の選挙(以下「本件選挙」という。)を次のとおり行う旨告示した。
(一) 立候補受付期間
昭和六一年七月一〇日から同月一九日まで
(二) 立候補者の資格
(1) 六月の組合費納入者であって、組合員五名以上の推薦のある者
(2) 支部組合員の大方の同意を基にした支部の推薦と地域の同意を得た者(以下この要件を「立候補第二要件」という。)
5 債権者は、債務者の選挙管理委員会に対し、昭和六一年七月一六日、組合員五名以上の推薦を受けて、所定の立候補届書を提出した。
6 債務者は、昭和六一年七月一七日、立候補第二要件を具備していないとの理由で、債権者の立候補届書の受理を拒んだ。
7 立候補第二要件は、選挙規則に違反するもので無効であるから、債務者は、6記載の理由に基づいて債権者の立候補届書の受理を拒むことは許されない。
8 本件選挙の投票日は、昭和六一年九月六日であり、例年の役員選挙の取扱いによれば、同年八月初旬に、各組合員に対して立候補者の経歴や抱負が掲載された選挙公報が、各支部に対して選挙ポスターが配付されることになるので、債権者は、立候補者としての地位確認の本案判決を待っていては、第三〇代中央執行委員の立候補を妨げられ、回復し得ない損害を被ることになる。
よって、主文第一項と同旨の決定を求める。
二 申請の理由に対する認否及び債務者の主張
1 申請の理由に対する認否
1ないし6は認める。7は争う。8のうち、本件選挙の投票日が昭和六一年九月六日であることは認め、その余は争う。
2 債務者の主張
(一) 選挙規則六条三項によって与えられている、立候補届出の文書の様式を定める権限に基づき、選挙管理委員会は立候補届書の様式の一部として、推薦支部委員長の署名押印欄を設けた。しかるに、債権者は、この欄を空白のまま立候補届書を提出したので、債務者は、様式不備として受理を拒んだものである。
(二) 立候補第二要件は、昭和五一年六月に開催された債務者の定期全国大会において、議案として提出され、採択されたものであるところ、
(1) これは、一般的抽象的規定である債務者の組合規約及び選挙規則の具体的運用についての有権解釈としてされたものであって、選挙規則の内容を変更したものではない。
(2) 仮に、これが選挙規則の内容の実質的変更に当たるとしても、右の採択は、全国大会において代議員の絶対多数によってされたものであって、選挙規則二二条に規定する規則改正に要する代議員の五分の三以上の同意という要件に比してより厳重な手続を経たものというべきであり、かつ、債務者においては、全国大会における採択事項は、組合規約と同等の効力を有するものとする慣行が確立している。
理由
一 申請の理由1ないし6の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、債務者が債権者の立候補届書の受理を拒んだことの正当性について検討する。
1 債務者の選挙規則六条三項において、選挙管理委員会には立候補届出の文書の様式を定める権限が与えられているが、この様式の制定権限は、組合規約及び選挙規則の規定の範囲内において選挙手続を効率的に運営するために認められたものと解するのが相当である。
ところで、(証拠略)及び審尋の結果によると、選挙管理委員会において、所定の立候補届書中に推薦支部委員長の署名押印欄を設けたのは、本件選挙の告示において立候補者の資格の一つとされている立候補第二要件の存否を判断するためであることが一応認められる。
しかるに、立候補第二要件は、債務者の組合規約及び選挙規則に全く規定されていないものであって、実質的に中央執行委員の立候補に必要な要件を加重するものというべきである。
したがって、右に述べた様式制定権限の趣旨からして、立候補届書中の推薦支部委員長の署名押印欄の創設は、選挙管理委員会に与えられた立候補届出の文書の様式制定権限の範囲を逸脱するものと解さざるを得ず、債務者の主張(一)は採用することができない。
2 立候補第二要件が、昭和五一年六月に開催された債務者の定期全国大会において議案として提出され、採択された旨の債務者の主張は、これを認めるに足りる疎明資料がない。
すなわち、(証拠略)によれば、昭和五一年六月に開催された債務者の定期全国大会において議案として提出され、採択されたのは、債務者の組織の一部改正に関する中央執行委員会案であることが一応認められるが、その中に役員選挙に関する立候補第二要件は含まれておらず、立候補第二要件は、債務者の機関の一つである組織強化委員会が中央執行委員長に対して報告した答申書において言及されていたものであって、中央執行委員会としては、その答申書の内容を尊重して活動計画に盛り込む旨の見解を右の全国大会において表明したにとどまるのであり、昭和五二年度の活動計画書中においても、中央執行委員会としては、役員の選出方法について明確な見解は有していないこと及び組織強化委員会の答申内容を整理して今後の討論の素材として付記しておく旨が明記されている。
よって、債務者の主張(二)は、既にこの点において採用するに由ないものというべきである。
ちなみに、右の債務者の主張が認められたものと仮定しても、立候補第二要件は、債務者の組合規約及び選挙規則の立候補の要件に関する規定の解釈の範囲を明らかに逸脱したものである(別紙記載のとおり、右の各規定は文言上明確である。)から、債務者の主張(二)の(1)は、採用することができず、同(二)の(2)の主張を認めるに足りる疎明資料はない。
3 以上判示のとおり、債務者において債権者の中央執行委員立候補届書の受理を拒んだことにつき首肯すべき理由はないから、債権者の立候補届書は、債務者の選挙管理委員会に提出された昭和六一年七月一六日に受理の効果が生じたものというべきであり、したがって、債権者は、債務者の第三〇代中央執行委員選挙の立候補者の地位を取得したことになる。
三 本件選挙の投票日が昭和六一年九月六日であることは当事者間に争いのないところであり、(証拠略)によれば、同年八月一日に本件選挙の公示がされ、立候補者の経歴や抱負等が掲載された公報も作成されていることが一応認められるから、債権者は、立候補者としての地位確認の本案判決を待っていては、第三〇代中央執行委員の立候補を妨げられ、回復し得ない損害を被ることは明らかである。
四 よって、本件仮処分申請は、理由があるから、保証を立てさせないで認容することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 田中豊)
(別紙)
組合規約四七条 役員は各級機構ごとに被選挙人の中から各級代議員または組合員の直接無記名投票によって選出する。
2 役員の選出については別に定める選挙規則による。
選挙規則四条 役員、代議員および支部委員は次の選挙人により選出する。
1 本部役員については中央代議員(組合員)による。
(2ないし5略)
同五条 各級機構ごとに組合員の中から立候補した者を被選挙人とする。ただし立候補者のない場合は組合員を被選挙人とする。
同六条 立候補する者は選挙管理委員会の定める期日までに所定の様式により立候補の届出をしなければならない。
2 立候補する者は五名以上のすいせん者がなければならない。
3 立候補の期日および文書の様式は選挙管理委員会において定める。